和菓子専門店の「双松庵唯七」(株式会社戸田屋)|歴史、沿革

季節の和菓子のお取り寄せ・贈答には「双松庵唯七」の通信販売。南信州から信州素材の高級和菓子をお届けいたします。

   

お電話受付 AM 8:15 〜 PM 5:15 土・日・祝日休み

 

戸田屋の歴史


和菓子の双松庵唯七トップ > > 戸田屋の歴史


戸田屋の歴史と双松庵唯七
 双松庵唯七(そうしょうあんただしち)を展開する戸田屋の歴史は、江戸時代の初期
 寛永5年1628年に、勢州・伊勢の国より、ここ飯田に職人戸田屋善次郎が移り住んだ
 ことに始まります。その後、善蔵、安吉へと襲名し、380年余19代に亘り、戸田屋の
 のれん(暖簾)を継承しております。
※写真の本棟作りの家は双松庵唯七(そうしょうあんただしち)の由来となった唯七翁の生家です。
 

茶畑と天竜川 古くより菓子、食品等の地場産業との係わりが深く、砂糖、小麦粉などの菓子・食品原料の地域社会への販売と地元メーカーの和菓子の全国への企画・販売を通じ、信州伊那谷の豊かな食文化の発展に貢献してきました。
そして、長年にわたる原料販売で培われた豊富な知識と経験(情報)を生かし、本物の原料や地元の素材、伝統技法にこだわった高品質な和菓子づくりに挑戦してまいりました。

双松庵唯七 和菓子の「双松庵唯七(そうしょうあんただしち)」は株式会社戸田屋の通信販売専用ブランドとして、南信州伊那谷の豊かな自然と風土に育まれた素材や伝統技法へのこだわりを更に徹底し、最高品質の和菓子ブランドを目指しています。

信州伊那谷の自然と風土に根ざした文化と伝統を大切にしながら、四季の移ろいを真心込めて製品に表現し、味わう人々の心に豊かさと喜びを与えること。
長い歴史の中で変わらずに貫いてきたこの精神は「真心」の言葉に集約され、戸田屋の経営理念として脈々と受け継がれています。



会社沿革


   1628年(寛永5年)   現在の飯田市松尾町(昔の伊勢町で創業)
   1950年(昭和25年)   有限会社戸田屋商店を設立
   1952年(昭和27年)   株式会社戸田屋に改組
   1962年(昭和37年)   地元の和菓子を全国への企画販売を始める。
   1970年(昭和45年)   社屋を飯田市松尾上溝(現在の場所)へ移転する。
   1971年(昭和46年)   和菓子のオリジナル企画商品加工の為のパッケージセンター
  を設ける。
   1991年(平成3年)   (有)中村屋製あんと業務提携し、加糖餡事業を始める。
   1993年(平成5年)   和菓子製造工場及び開発センターを新築する。
   1994年(平成6年)   本社社屋を全面改装する。
   1997年(平成9年)   和菓子の製造小売の「戸田屋安吉」を開店。
   1997年(平成9年)   農園部を設け、栗・市田柿などの栽培を始める。
   2005年(平成17年)   伊那谷の素材と伝統技法にこだわった、最高品質の和菓子

  づくりを目指し、「双松庵唯七(そうしょうあんただしち)」ブランドを

  立ち上げ、翌年ネットショップ「双松庵唯七」を開店する。
   2012年(平成24年)   ネットショップ、市田柿の店「柿八」を開店する。
   菓子製造棟 和菓子製造棟
大正9年当時の戸田屋
▲大正9年
当時の戸田屋


原料倉庫
▲原料倉庫


餡
▲餡


最中の製造ライン
▲最中の製造ライン


双松庵唯七ブランドとは


唯七翁が植えた樹齢約100年の栗の古木 現社長の曽祖父、宮島唯七翁は明治時代に生まれ
南信州伊那谷への酪農や果樹園芸の導入の先駆者として、また近郷の造り酒屋三十数社の統合に尽力し、初代社長を勤めるなど事業家として地域社会に貢献しました。
趣味の俳道にはすこぶる熱心で、俳号は双松庵寒水と称し、同好の士を糾合して句会を主催しました。

唯七翁の生家


その温厚にして謹厳実直な人となりは、地域の人々に深く敬愛され慕われました。 このたび、伊那谷の素材と伝統技法にこだわった、最高品質の和菓子づくりを目指すにあたり、この敬愛する唯七翁の遺徳を偲び、その俳号から双松庵を、本名から唯七を頂き、双松庵唯七(そうしょうあんただしち)と名づけました。
 

宮島唯七翁


今後、その名に恥じないような、心のこもった立派な仕事をしてまいる所存です。 ※写真は、和菓子の双松庵唯七(そうしょうあんただしち)の由来となりました宮島唯七翁と本棟作りの家は生家です。